伝記
サンガマグラーマのマーダヴァは、インドの数学者・天文学者で、ケーララ学派と呼ばれる数理天文学の学派を興したとされる人物である。生没年は1340年か1350年から1425年とされるが、活動した時期を決める確かな証拠はない。ヴィジャヤナガル王国の人とされ、ケーララ州のコーチン近くの出身といわれる。同じく天文学者のヴィージャ・マーダヴァと区別して、「サンガマグラーマのマーダヴァ」とも呼ばれた。天文学者たちは、球面三角法の権威として、彼を「ゴーラヴィド」とも呼んだ。
生涯についてはほとんどわかっていない。各地の写本に散らばる言及から、歴史家が断片をつなぎ合わせたにすぎない。バローダの東洋研究所にある写本には、「マーダヴァン・イラニッパッリ・エンプラーン」という呼び名がある。「エンプラーン」はエンプラーンティリという共同体を指すとされ、マーダヴァはそこに属していたかもしれない。月の位置を扱った短い著作『ヴェーンヴァーローハ』のなかで、マーダヴァは、自分が「イラニッパッリ」と呼ばれる家で生まれたと述べている。サンガマグラーマがどこにあたるのかについても、中部ケーララのイリンジャラクダの町とする見方と、ニラー川の南岸のクーダッルールの村とする見方がある。
ヴェーンヴァーローハは、1400年を基準年としている。マーダヴァの弟子で、唯一知られている直接の弟子パラメーシュヴァラは、1430年に主著『ドリッグガニタ』を完成させた。こうした状況証拠から、歴史家はマーダヴァの活動期を割り出している。マーダヴァの仕事は、古代インドの科学の一分野であるジョーティシャ、すなわち天体の運行、時間の計測、暦の作成に向けられていた。正確な正弦表や月の計算、無限級数を、正確なサンスクリット語の詩句、またはカタパヤーディの記憶法で記した。マーダヴァの著作『スプタチャンドラープティ』の唯一の写本は、クータッルール・マナ家の写本の集まりから得られた。
現存する文献は、天文学に関するものが中心である。数学については、ほかの学者たちの文献が、マーダヴァの発見として伝えている。マーダヴァは三角法、無限級数、有限級数の近似を研究し、円周率を小数点以下第11位まで計算し、ライプニッツの公式とも呼ばれる公式を最初に発見したとされる。三角関数のさまざまな近似に無限級数を初めて用いた人物ともいわれ、その仕事は、古代数学の有限の手続きから、極限を無限へと進める「決定的な一歩」と評されてきた。ケーララ学派の学者たちに、大きな影響を与えた。
同じ年に亡くなった人物
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- ボンヌ・ダルトワ (1425年没)
- 洪熙帝 (1425年没)
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- ボージャ王 (1100年没)
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